全員が規則正しくそれぞれの列車に乗ってしまったプラットホームで、乗り遅れたナスカは一人、はらはらと泣いていた。“チコク”というこれから貼られるレッテルに身を震わせ、未来の希望は塩味の涙になって流れ落ちていった。
1-1:朝のプラットホーム
「あ〜〜〜!!!」
山々のせせらぎは里の川に下り、無数の川は大河に下る。大河は濁流となって、一つの方向へ激しく流れて行く。
日本中のほとんど全員が同じところに移動しようと濁流となり、朝の鉄道駅は人で溢れかえっていた。不思議と岩や岸に当たって水飛沫を上げることなく、スムーズに、しかし速く流れていた。
朝の叫び 「あ〜」
インターネットの深い森
ハゲトは自宅のアパートメントの一室で、することがないことに悩んでいた。
ハゲトは、趣味を持っていなかった… インターネットで『趣味』を検索した。
世の中には色々な趣味が存在し、それをインターネットの世界に公開している人たちがたくさんいる。
… おもしろい。
白い蝶‐1:記憶の海の島
ナスカは春風の吹く頃、旅に出た。列車を待つプラットフォームで春の匂いを感じ、暖かさを感じ、風がナスカの髪を撫でていた。居るだけで気持ちよく、その心地よさを黙々と味わっていた。
ナスカは島に行くための列車に乗った。しばらくするとトンネルの中に入った。窓の外は暗く、鉄の車輪と鉄のレールがこすれる音がトンネルの壁に響き、車内に激しい音が入り込んできた。
世界の起点
ナスカは初夏の明るい夕方、空が映り込んでいる水田の間を歩いていた。
アスファルトの黒く硬質な直線が、水田の間をまっすぐに伸びていた。
ナスカの周り一面には、水が張られた何枚もの水田が広がっていた。風はなく水田はピタリと静止していて、昼間と夕方の間の空を寸分の狂い無く映し出している。空の色と、水の色と太陽の光が混ざってそれは、何枚も隙間なく敷き詰められていた。
ファーストクラスという入れ物
ハゲトは今、出張帰りで特急列車の中にいる。
仕事は頑張っているつもりだが、いつも空回りしがちだった。さらにハゲトのある思考パターンが、いつもいらぬことを考えさせ、ハゲトの仕事、ハゲトの人生を邪魔していた。
混雑しているエコノミークラスの指定席で、疲れた体を沈めているハゲト。ふと、斜め前の席に座る男性が目に入った。ハゲトと同じくビジネスマン風の男性で、座席前の小さなテーブルを開き、そこにバインダー型の手帳、付箋がたくさん貼付けられているメモとノートを広げて、右手にはボールペンが握られていた。
カリカリとバインダーにメモを取り、考え込み、またノートにもメモを取り、時々スマートフォンで調べ物をしたりしていた。列車の中でも時間を惜しんで、仕事に励んでいるようであった。
その男性を見て、ハゲトは思う。
全てうまくいくスイッチ
ハゲトは人生に半分絶望していた。
出世することも、お金持ちになる事もできず、夢を追いながら日々をなんとか生きている状態だった。私生活が特に充実していることもなく、生きているとうまくいかない事が多い、まるで意図的にうまくいかないように仕向けられているようだ、と感じていた。
ハゲトは良く晴れたある日、気分転換をしようと思い立った。海岸の崖の上に、ほんの少し草が生えている場所を見つけて、そこに家から持ってきた座布団を敷いた。
そこに座りこみ、海の向こうを見つめ静かに息を吐き出し、薄目になって自分のココロの中を覗いてみた。
幻想の豪華客船
これは、伝染病が世界に流行する前の話し。
ナスカはお金を貯めて、念願の豪華クルーズ船の一週間の旅に出かけた。10万トンを超える超大型船で、そこでは艶やかで怠惰な生活が待っているはずだった。
消滅した世界の終わり
月の無い夜の中、ハゲトは仕事帰りのたんぼ道を歩いていた。街灯は無く、控え目な街の明かりがわずかに視界を与えるだけで、暗闇が広がっていた。夏のべったりとした空気はハゲトの腕に纏わり付き、どろどろとハゲトを歩かせた。