1-1:朝のプラットホーム

「あ〜〜〜!!!」
 
 山々のせせらぎは里の川に下り、無数の川は大河に下る。大河は濁流となって、一つの方向へ激しく流れて行く。
 
 日本中のほとんど全員が同じところに移動しようと濁流となり、朝の鉄道駅は人で溢れかえっていた。不思議と岩や岸に当たって水飛沫を上げることなく、スムーズに、しかし速く流れていた。
 
 その中で、流れを乱す特殊な水があった。その水は若い女で、落差数メートルの滝から落下するように、プラットホームに下りる階段を「あ〜っ!!」と叫びながら、駆け下りていた。
 
 その特殊な流れ、ナスカは今朝、ほんの少しだけ家から出るのが遅れた。走ればいつもの列車になんとか間に合うというタイミング。虚な夢遊病患者のような顔つきで視線を駅のプラットホームに止まっている列車ただ一点に定め、命をかけて列車に駆け込もうとしていた。ゆっくりとしてしかし堅実な流れの人々を横目に走り、足がもつれて危うく他の人々を巻き込んで、階段から転げ落ちる寸前だった。
 
 列車のドアは行儀の良い流れを効率よく吸い込み、その水門を閉じた。ナスカは閉じる水門を制止しようと叫んだのだった。
 
 その水門は、誰かが叫んだからといって再び開くような緩い堰ではなかった。行儀が良くてスムーズな者だけを受け入れ、行儀の悪い者には固く閉ざされた門だった。ナスカも必死だが、列車を運行している側も虫の一匹でも入り込ませないくらい、時刻通りにドアを閉じるのに必死だった。そのおかげでほぼ毎日、列車は正確に時刻通りに出発できた(驚くべきことだ)。ナスカはひとり、ホームの上に取り残された。
 
「遅刻しちゃう… 遅刻しちゃう… もうダメだわ! 私の人生終わりだわ!」
 
 ナスカはショートボブの髪を振り回して、タイトジーンズの足を折り曲げてホームの上に座り込んでしまった。ヒールは階段を走って下りる時に脱げかけていた。そしてそのまま、シクシクと泣き出した。
 
 ナスカにとって、人生に重大な影響が不可避なくらい、一本の列車を逃したことは深刻だった。次に列車が来るのは数分後。しかしその次に乗り換えなければならない列車があり、遅れが積み重なり、最終的には遅刻する。
 
 行儀がよくて水の流れに従順な人たちは“ちゃんと”反対側の列車にも乗り込み、プラットホームは静まりかえった。生ぬるい風が吹いていた。
 
 
 

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