全てうまくいくスイッチ

 ハゲトは人生に半分絶望していた。

 

 出世することも、お金持ちになる事もできず、夢を追いながら日々をなんとか生きている状態だった。私生活が特に充実していることもなく、生きているとうまくいかない事が多い、まるで意図的にうまくいかないように仕向けられているようだ、と感じていた。

 

 ハゲトは良く晴れたある日、気分転換をしようと思い立った。海岸の崖の上に、ほんの少し草が生えている場所を見つけて、そこに家から持ってきた座布団を敷いた。

 

 そこに座りこみ、海の向こうを見つめ静かに息を吐き出し、薄目になって自分のココロの中を覗いてみた。

 

 最初は何も見えなかった。ココロの中なんて空っぽだな。とハゲトが考えたとき、黒光りしたものがココロの中に見えた。それは…

 

『うまくいかないスイッチ』

 

だった。

 

 『うまくいかないスイッチ』は、ヴォーンという低くて静かな音をたてていた。確かに、オンになっていた。

 

 『うまくいかないスイッチ』のすぐ隣には、形は同じだけど色の違う、金色の輪が描かれた純白のスイッチがあった。それは静かに固まっていて、オフになっていた。

 

『全てうまくいくスイッチ』

 

 ハゲトは考えた。いや、ちょっとだけ考えた。そして躊躇なく『全てうまくいくスイッチ』をオンにした。パチーンッ、と鋭く高い音がした。

 

 そしてその後に『うまくいかないスイッチ』をオフにした。ヴォン、という低い音がして静かになった。

 

* * *

 

 ハゲトのやることなすこと、全てがうまくいくようになった。今この瞬間が最高であり、悩むことがなくなった。以前のように考え込むこともなくなった。何も問題は起きなかった。

 

 しかし不思議なことに、不安に襲われもした。今が最高なのはいい。もしこの状態を失ってしまったら? という不安が頭にもたげてくる。または、今が最高ということは、今以上は無く、あとは落ちるだけ、という不安。そうなると、うまくいけばいくほど不安になった。

 

* * *

 

 ハゲトはもっと違う道が、もっとスゴいスイッチがあるはずだと、現実世界やココロの中の世界を探し回った。しかし、どこにも違うスイッチはなかった。

 

 もう一度、あの崖の上に行き座布団に座り、ココロの中を静かに覗いた。

 

 オフになっている『うまくいかないスイッチ』を、オンにした。

 

 やること成すこと、うまくいかなくなる時もあれば、時々うまく行くこともあるようになった。

 

 今がうまくいかないなら、次はうまく行くかもしれないという“希望”を持って生きることを発見した。

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