その問題、実はファンタジー

しかし…
 
今、自分が何かを問題にしているとする。
いや、ほとんど四六時中、何かを問題にしてるやろ? まあそれはええとして。
頭の中で渦巻いてるその問題、
他の誰かが同じことを問題にしてますか?

 
いや、絶対してへん。
 
世界中を探しても、全く同じ問題を同じ時に問題にしている存在が、
どれだけおる?
 
ゼロ。間違いなくゼロ。
 
つまり、その問題を問題にしているのは、自分だけ。
自分だけが自分だけの問題を問題にしているという、二重のファンタジー
そう、ファンタジー、ですわ、ぼくから言わせると。
仮に、今この瞬間、全く同じ問題を世界のどこかで問題にしている存在があったとしよう、目の前にいないにしても。
または、その問題を問題にしている自分を問題にする存在(ややこしいな)が世界のどこかにおったとしよう。
 
その存在は、すぐ隣の町におるかもしれん。地球の裏側の、全く知らん人間かもしれへん。
目の前にはおらん。いや、たぶんどこを探してもおらんし、探し出すことは不可能。
 
それって、問題にする価値あるん?
世界中の人間が「問題だ!問題だ!」と、デモを繰り広げている問題なら別やけど、な。
 
いや、たとえ話っちゅうのは分かってる。よう分かってる。
自分が抱えてる問題、たいそう深刻なものかもしれへん。
 
でもな、その問題を他の人に指摘されることは、無い
たぶん、この先ずっと無い。あったとしてもその頃には、別の問題になっている。
 
 
なんかややこしいけど要は、その問題を問題にしているのは自分だけ、ということ。
それはつまり、問題は自分が作り出しているという、問題。
 
それに囚われているなら、さっさと忘れて次の瞬間に行こ。
 
同じファンタジーなら、
次の楽しいファンタジーにいこかっちゅうこと。
 
 
今日のヒトコトグラム
 

 

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