時のエレベータ

 仕事にヘトヘトになったハゲトは、駅に向かって田んぼ道をトボトボと歩いていた。辺りはもうすっかり暗くなっていた。広がる田んぼの先に、暗闇に浮かぶ駅舎の明かりが見えていた。

 

 近くまで到着したハゲトは、二階にある改札口を見上げた。二階に上がるためには、階段と、もう一つは稼働して何十年になるか分からないエレベータがあった。そしてハゲトは、うす汚れた上向きの矢印ボタンをガチャリと押した。

 

 エレベータのカゴは二階にあるようで、ボタンを押しても目の前のドアは、なかなか開こうとしない。我慢強く、じっと待つ。

 

 そして、ガタガタとエレベータ入り口のドアが開いた。ハゲトはエレベータに乗り込み、側面の「2」と書かれた四角いボタンをガチャリと押した。ハゲトの背後で、ガタガタとドアが閉じた。

 

 ウィ~ンという鈍い音がして、エレベータが動き始める。極めてゆっくりとした動きだった。

 

 ウィ~ン

 

 ウォンウォンウォン

 

 いつまでも二階に着かない、いつまでも。ウィ~ンという音だけが、耳にゆっくりと入り込んでくる。

 

 いつまでも、二階に着かない。

 

 音と、ガタガタとした小さな振動は感じている。動いていることは確かだった。しかし、いつまでも、二階に着かない。そして、腹も減らない。トイレにも、行きたくならない。

 

 もしかすると、止まっているのか。

 

 時間が、もしかすると止まっているのか。

 

 全く、疲れない。

 

 この状態は、時間が止まっている、と言って差し支えないのではないか、といった考えがハゲトに浮かぶ。いつまでも二階に着かないこのエレベータ・カゴの中は、時間が止まっている。いや、この果てしない時間の経過でも、疲れや飢餓や、眠気がいつまでも来ないだけなのかもしれない。

 

 とするとつまり、欲望や不満、喜びや怒り、疲れを経験することにより、初めて時間は進むのか。そうすることでようやく、時間を認識できるのではないか。

 

 特に不満が無いと、時間は止まる。

 

 満足した状態がずっと続いていたら、時間は止まっている。

 

 逆のことも言えるだろう。不満がずっと続くと、やはり時間は止まる。そして…

 

 満足や不満が織り成すことで、初めて時間は進む。ハゲトが普段生活している世界では、時間は進んでいる。

 

 感じている。

 

 ハゲトの乗ったエレベーターは、二階に着いた。

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