変わらない朝を迎えられること

雨の朝。

ぼんやりとした朝を迎える。景色がぼんやりしているだけで、自分はぼんやりしているのかいないのか。朝だから多少はぼんやりしているが、それが普通というもので時間と共に目覚めていく。

この、朝のボンヤリ感を味わうのもまたいいと思い、昨日はブログ訪問者ゼロ、誰もこの文章を読んでいないという事実をボンヤリと味わうと同時に、普段と変わらぬ今日という一日を始めることができることに感謝すべきと気付く。

ありがとうございます🙏

ありがとうございます🙏

ありがとうございます🙏

三回唱えるくらいやらないと、変わらない朝を迎えられたという感謝の気持ちが伝わらない。どこに伝えているのか? そういうことを考えるのはやめよう。少なくとも自分はこれを読んでいる。

素直に思うだけで良い。今朝は雨で、無事に朝を迎えることができて、たぶん無事に今日一日を過ごすことができるだろう。そんな毎日に感謝する。そんな、雨の朝。

昨日に飲み忘れた砂糖なしのカプチーノ☕️に口をつけようと思ったが、ほとんど牛乳であるそれは室温の下で24時間経過したものであり、且つ一度温められたものであり腹を下すかもしれないと思い、コーヒー豆や牛乳を作ってくれた農家や他のみんなに「スマン…」と心の中で謝りながら新しいカプチーノを淹れる。謝りながら感謝するという高度な思考経路を辿り、一日が始まる。

今日は朝日も雲も見えないが、そこには間違いなく何かがあるはずで、ココロの目で見る。

ありがとうございます。

雲の写真。

拝む。

 

 

 

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