モット、モット。


 
『セカイは多くを求めるあまり、おかしなことになっている ─ 逆に、おかしくならない程度のモットは、このセカイの原動力』

 自分も含めて、そんな人間が多くなってしまった今のセカイ。多くを求めなかったら、今のもので十分満足できることを忘れている。

 その中で、ホントにやりたいことをすればいい。「もっと」のためにやりたくないことを我慢してするのではなく、「満足」のために求めることをやめる。

 と、分かったようなことを書いているが、それでも「もっと」を求めている自分がいる。

 モットいい車が欲しい。モットお金が欲しい。モット幸せになりたい。

 それがのこの修行のセカイに生まれ落ちてきた、我々のような弱い人間の宿命なのだろう。

 なんの罪もない、小さな子どもだって「もっと、もっと〜」という。それがこのセカイのヒトなのだ。

 だから、おかしくなる前に“モット”を休めばいい。おかしくなるほど“モット”を求めなければいい。

 逆に、おかしくならない程度の“モット”は、このセカイの原動力なのだった!