『ヒトの、評価と関心』

2018年6月27日

 みんな、評価をしてもらいたいのではなく、関心を持ってもらいたいんじゃないだろうか。

 評価されないことと、関心を持ってもらえないこと、これらは全く違う。

 人から頼まれたことは、人からの評価が必要だとは思うが…

 自分からやりたくてやってることについては、それが評価されるかされないかではなく、関心を持ってもらえるかどうか、そこを大切にしたい。

 評価されなくてもいい。評価が低くてもいい。関心を持ってもらいたい。無関心が一番いやだ。

 なるほど。まるで男女の関係のようだ。いや、人間関係そのものかもしれない。“私はあなたに関心があります” それが良好な人間関係だ。あなたを評価しています、ではない。

 「いいね」ボタン、「ハート」ボタンは、評価されているボタンではなかった。関心を持ってもらってるボタンだった。

 ヒトの関心には関心があり、ヒトの評価には関心がないヒトになりたい。

 ヒトに関心を持つと同時に、自分にも関心を持っているヒトになりたい。

 ヒトを“評価”するヒトではなく、ヒトに“関心”を持っているヒトになりたい。

 関心したりされたりしてたらいい。この世界はなんて自由で、ノビノビしているのだろう。