劣等感の男エヌ【2-3】 ─ 芸術家と共に歩む道、予想していなかった結末

 いつもの朝、いつもの電車にエヌは乗り、いつもの駅で電車を降り、芸術家と共に駅を出て歩き出しています。エヌの妄想は完成していて、老紳士は芸術家で間違いありませんでした。

 ある朝、芸術家はいつもよりもさらに大きなカバンを持っていました。駅を降りるとまるで何十年もそうしているように同じ道を歩きはじめるのですが、その朝は、いつもよりも大きなカバンのために、芸術家の歩くスピードが落ちていました。突き放されるはずのエヌとの差は開かず、常にエヌの少し前でいつもの同じ道を辿りつづけます。

 今日は芸術家について行けそうだな、とエヌは思いました。決して追いついたりせず、最適な距離を保ちながら、エヌは芸術家の後ろをついていきました。まるでストーカーの様に。果たしてどのようなアトリエなのだろうか。エヌの妄想では三階建のアトリエとなっていますが、この芸術家は本当にそのような大きなアトリエを持っているのでしょうか。

 …アトリエを持つ芸術家、エヌよ、それはお前の妄想だ。

 この先にあるアトリエに向かって、芸術家はいつまでもエヌと同じ道を辿っています。エヌも問題なく後をつけることができています。しかし、ある疑問が浮かんできます。いつまで同じ道を行くのだろうか…?

 そして老紳士は、エヌの勤め先である工場の敷地に向かって、入って行きました…

 絶望しました。

 その老紳士は、自由に活動する芸術家ではありませんでした。妄想は砕かれ、近い将来の自分、という仮定が限りなく仮定ではなくなりました。エヌと同じ時間、同じ電車、同じルートを歩き、そしてまた、同じ場所で働いていたのでした、その老紳士は。

***

 エヌは、下を向いて工場の裏門をくぐっていきました。老紳士が工場の中へ入るのを、最後まで見てはいませんでした。

(つづく)

[ad#co-1]