裁量労働制と選択肢のある清貧

【裁量労働制】ウィキペディアより
 労働基準法の定めるみなし労働時間制のひとつとして位置づけられており、この制度が適用された場合、労働者は実際の労働時間とは関係なく、労使であらかじめ定めた時間働いたものとみなされる。

【選択肢のある清貧】自分との会話より

(^O^)
「お金を持っていなくても、十分幸せになれるぞ! 清貧だ!」

今の私が、そう思うのであった。

(-.-)
「それは、どうやらお金持ちになれない今の置かれた状況に対しての、逃げでは?」

(^O^)
「そんなことはない! … とは言いきれない…」

(-.-)
「ずっと下働き、体は年老いていくのに、肉体労働もしなくてはならない、頭脳派だったとしても。つまり、自分の能力を発揮しないまま一生を終える。それでもお前のいうように幸福には過ごせるだろうか?」

(^O^)
「… 確かに、自分の能力をちゃんと発揮しないまま過ごすのは嫌だな… 時間の使い方を人に指示され続けていくのも嫌だ」
←ここが一番嫌かも。貧乏でも、他人に指示される人生よりも、自分で決める生き方をしたい。

(-.-)
「そうだろう。そこは素直になるがいい。そして清貧を目指すことに気付いたのはいい。それは正しい。お前が成功=お金持ちになれた後の事を妄想してみるがいい」

(^O^)
「… お金持ちになって、すごい物をたくさん持って… しかしそんなに必要ないことに気付く」

(-.-)
そしてお前は、一度持ったものを手放すだろう。実は、今のままで十分であることに気付く。ただ、時間の使い方全てを自分で決めることができれば、それは素晴らしい」

(^O^)
「お金をかけずとも、時間を豊かに過ごしたい」

 選択肢が無かったとしても、時間の選択肢を広げることができれば、幸福の幅も広がる。今と比べものにならないくらい幸福の幅が広がる。

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